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ショートショートの迷宮(第1回)

   まえがき

 2005年9月、私は『ショートショートの世界』(集英社新書)を上梓したが、その「あとがき」にも書いたように、ページ数の都合上、その内容を大幅に割愛せざるを得なかった。特に大きくカットしたのは書誌、そして周辺分野の情報である。
 ショートショートの大陸を大空から眺めるだけなら、『ショートショートの世界』だけで充分だろう。しかし、ショートショートの大陸には、深く濁った底無し沼、鬱蒼と茂った森、広大な地下迷宮など、俯瞰しただけでは目に触れない暗黒世界も各所に点在している。さらに、『ショートショートの世界』刊行後に判明した情報もある。
 それらを皆さんにお伝えしようというのが、本稿の目的である。だからタイトルを『ショートショートの迷宮』とした。
 いつまで続けるか決めていないが、思いつくまま気の向くまま、アトランダムに書き綴っていこうと思っている。私の勘違いやミスがあれば、どんどん指摘していただきたい。

◆リドル・ストーリー

 記念すべき第1回は、今月号に掲載していただいているショートショート「女か虎か」にちなんで、「リドル・ストーリー」に決めた。
 リドル・ストーリーに関しては『ショートショートの世界』でもかなり詳しく紹介した(174~176ページ)が、やはり欠けているのは書誌情報である。
 まずは、本家本元――フランク・R・ストックトンの「女か虎か」と、その続編あるいはパロディ作品の書誌情報をお届けしよう。

◎フランク・R・ストックトン「女か虎か」
・初出:「エラリイクイーンズミステリマガジン」1958年1月号
・西川正身編『アメリカ文学 19世紀』集英社・世界短篇文学全集13(64)
・石川喬司編『37の短篇(傑作短篇集)』早川書房・世界ミステリ全集18(73)
・各務三郎編『世界ショートショート傑作選2』講談社文庫(79)*タイトルは「女か、それともトラか」
・「ミステリマガジン」1989年8月号
・紀田順一郎編『謎の物語』筑摩書房・ちくまプリマーブックス(91)
・山口雅也編『山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー』角川文庫(07)
・早川書房編集部編『天外消失』ハヤカワ・ミステリ(08)
EQMM19.JPG 世界短篇文学全集13.JPG 世界ミステリ全集18.JPG 世界ショートショート傑作選2.JPG
◎フランク・R・ストックトン「三日月刀の促進士」
・初出:「エラリイクイーンズミステリマガジン」1958年1月号
・山口雅也編『山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー』角川文庫(07)
◎ジャック・モフィット「女と虎と」
・初出:「エラリイクイーンズミステリマガジン」1959年3月号
◎都筑道夫「女か虎か」
・初出:不明
・都筑道夫監修『海底の人魚』新風出版社・5分間新書(69)*タイトルは「リドル・ストーリイ」
・『悪夢図鑑 都筑道夫ショート・ショート集成=1』桃源社(73)
・『悪夢図鑑 都筑道夫ショート・ショート集成=1』桃源社(77)*新装版
・『悪夢図鑑② 感傷的会話』角川文庫(79)
◎福永武彦「女か西瓜か」
・初出:「別冊クイーンマガジン」1959年秋号*加田伶太郎名義
・『加田伶太郎全集』桃源社(70)
・『加田伶太郎全集』新潮社・福永武彦全小説Ⅴ(74)*のちに新潮文庫(75)に収録されるが、「女か西瓜か」は割愛
・『加田伶太郎全集』扶桑社文庫・昭和ミステリ秘宝(01)
海底の人魚.JPG 悪夢図鑑.JPG 別冊クイーンマガジン1.JPG 加田伶太郎全集.JPG 
◎生島治郎「男か? 熊か?」
・初出:「エラリイクイーンズミステリマガジン」1964年9月号
・『淋しがりやのキング』徳間書店(68)
・中島河太郎・権田萬治編『日本代表ミステリー選集2 犯罪エリート集団』角川文庫(75)
・『死は花の匂い』旺文社文庫(84)
◎小松左京「女か怪物か」
・初出:「別冊宝石122号 世界SF傑作集」1963年9月
・『影が重なる時』ハヤカワSFシリーズ(64)
・『御先祖様万歳』ハヤカワ文庫JA(73)
・『サテライト・オペレーション』集英社文庫(77)
・『御先祖様万歳』角川文庫(78)
・『日本売ります』ハルキ文庫(99)
淋しがりやのキング.JPG 犯罪エリート集団.JPG 世界SF傑作集.JPG 御先祖様万歳.JPG
◎東野圭吾「女も虎も」
・初出:「IN★POCKET」1997年7月号
・中島らもほか『輝きの一瞬 短くて心に残る30編』講談社文庫(99)
◎芦辺拓「異説・女か虎か」
・初出:「毎日新聞」2003年6月1日
・『迷宮パノラマ館』実業之日本社(07)
◎芦辺拓「女も虎も」
・初出:「毎日新聞」2003年6月8日
・『迷宮パノラマ館』実業之日本社(07)
◎高井信「女か虎か」
・初出:「赤き酒場」2007年1月号
・「創刊号」第3号(07)

 以上である。確認したわけではないが、ほとんどの本は絶版か品切れで、入手困難だと思われる。これらを1冊にまとめたら面白い本ができるのではないかと考えているのだが、いかがだろう。

 もう1作、ぜひとも書誌情報を伝えておきたい作品がある。それは、マーク・トウェイン「中世のロマンス」だ。
 この存在を初めて知ったのは、石川喬司『SF・ミステリおもろ大百科』早川書房(77)だった。同書には、以下のように書かれている。

『女か虎か』とともに世界三大リドル・ストーリーの古典とされているのはマーク・トウェインの『怖ろしい中世のロマンス』(1871)と、クリーヴランド・モフェットの『謎のカード』(1890)である。

「女か虎か」に感銘を受けた私としては、どちらも読んでみたくて仕方がなかった。だが、「謎のカード」に関しては巻末の「SF・ミステリ読書ガイド」に邦訳情報が掲載されていたものの、「怖ろしい中世のロマンス」は「未訳」という悲しい記述……。文庫化された『夢探偵 SF&ミステリー百科』講談社文庫(81)でも同様だ。
 長い間、「怖ろしい中世のロマンス」は翻訳されていないものだと信じこんでいたのだが、ショートショートの研究を始めて数年後、何気なく古本屋で買った『マーク・トウェーン短篇全集 第二巻』鏡浦書房(59)を読んでいたら、同全集第1巻に「中世伝説 一篇」なる作品が収録されていると書かれているではないか。
 これだ! 私は直感し、図書館に向かった。読んでみると、間違いない。確かにこれこそ「怖ろしい中世のロマンス」なのである。この全集はのちに出版協同社から新装版(76)が発行されていると知り、『マーク・トウェイン短編全集(上)』文化書房博文社(93)にも「中世のロマンス」というタイトルで収録されていると判明した。
 さらに、『ショートショートの世界』刊行後だが、『マーク・トウェインのバーレスク風自叙伝』旺文社文庫(87)にも「恐ろしき、悲惨きわまる中世のロマンス」として収録されていることもわかった。『マーク・トウェインのバーレスク風自叙伝』は前から持っていたのだが、きちんとチェックしていなかったのだ。『ショートショートの世界』の読者には申しわけない限りである。
トウェーン短篇全集Ⅰ.JPG トウェーン短篇全集1.JPG トウェイン短編全集(上).JPG バーレスク風自叙伝.JPG
 正直なところ、「謎のカード」は私好みではない。しかし、「中世のロマンス」はまさに傑作! 機会があれば、ぜひ読んでほしい。
 リドル・ストーリー、好きだなあ。

初出:「赤き酒場」2007年1月号(349号)

【追記】8月29日
 トウェイン「中世のロマンス」ですが、「小説すばる」2009年9月号に掲載されました。『マーク・トウェイン短編全集(上)』文化書房博文社(93)からの再録です。

【追記2】2010年2月25日
 関連記事「女かライオンか」を書きました。

【追記3】2010年4月14日
「女か虎か」の邦訳ですが、「Index to Anthologies」というHPに、『探偵家庭小説篇』近代社・世界短篇小説大系(26)に「淑女か猛虎か」なるタイトルで収録されているというデータがありました(木村信兒・訳)。
 また、「改造社世界大衆文学全集目次細目」によりますと、『善良な男 他三篇』改造社・世界大衆文学全集(31)にも「淑女か猛虎か?」というタイトルで収録されているようです(木村信児・訳)。
 いつか現物を手にしたいものです。

【追記4】2010年12月24日
『善良な男 他三篇』を入手し、記事を書きました。→こちら
コメント(6) 

コメント 6

高井 信

 本稿を書いた時点では山口雅也編『山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー』は刊行されてなくて、書店で見たときには驚くやら嬉しいやら……でした。
 ほかの収録作品も含め、素晴らしいアンソロジーと思います。
by 高井 信 (2009-03-02 18:05) 

高橋

楽しんで読ませていただきました。これはぜひ続けていただきたい企画ですね。
それにしても「女か虎か」のパロディって、本当にたくさんありますね。「リドル・ストーリー」といえば「女か虎か」というぐらい、ストックトンの作品は、このジャンルでは圧倒的な存在だということなんでしょうか。
「怖ろしい中世のロマンス」は、僕も探して、やっぱり『トウェイン短編全集』で読みました。おっしゃる通り、傑作だと思います。
by 高橋 (2009-03-02 22:21) 

高井 信

 さっそくのコメント、ありがとうございます。>高橋さん
「中世のロマンス」、本当に面白いですよね。ネタバレにはならないと思いますが、読んだ瞬間、私の脳裡を手塚治虫『リボンの騎士』がよぎりました(笑)。
 ほかにリドル・ストーリーと言うと、スタンリイ・エリン「決断の時」が大好き! これも傑作でした。
by 高井 信 (2009-03-03 05:18) 

高井 信

「女か虎か」邦訳リストですが、ポケミス『天外消失』にも収録されていたことを思い出し、記事を修正しました。
by 高井 信 (2009-03-07 16:21) 

橘まるみ

 筒井康隆先生と夢枕獏先生の作品は、小説と随筆の境界が曖昧ですが、夢枕先生にも、
「おまえが出ていけ」(随筆集「夢枕獏の外道教養文庫」(小学館ライブラリ)に収録)あち
 というリドル・ストーリーがあります。
 いわば、「女か本か」といった話ですけど、結末は明記されていません。
 題名の「おまえ」についても、本好きの人が本を擬人化しているとも考えられ、どちらを指すかは分かりません。
by 橘まるみ (2011-06-14 23:36) 

高井 信

 すっかり忘れていて、再読しました。>「おまえが出ていけ」
 最後の一行――
> ばか。そんなこと、決まってるじゃないか。
 う~~む。まさにリドル・ストーリー。
 どこまでフィクションで、どこまでノンフィクションなのか。そのあたりも「リドル」ですね。
by 高井 信 (2011-06-15 08:33) 

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