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『絹のように美しく』

 田村泰訳『絹のように美しく オーストラリアから来た男 W・A・フィニンのショートショート』徳島出版(09)を読みました。訳者である田村さんから献本していただいた本です。田村さん、ありがとうございます。
 副題にもあるように、本書はW・A・フィニン(1900~1958)のショートショート集なんですが、フィニンをご存じの方が、はたして何人おられるでしょうか。
 田村さんからは、新聞記事のコピーもお送りいただきました。そこに書かれている紹介文には――
絹のように美しく.JPG
ウイリアム・アレクサンダー・フィニン
昭和22年、47歳の時に進駐軍の一員として徳島
に赴任。その後、徳島の女性と結婚し子どもをも
うけた。進駐軍を辞めた後は一民間人として生
涯を徳島で過ごし、その間、徳島の文化、風俗を
紹介する記事を外国人向けに「英文毎日」などに
数多く書いている。

 とあります。文化・風俗の記事ばかりではなく、昭和28年(1953年)からショートショートの執筆も開始。
「訳者後記」によりますと――
「英文毎日新聞」1953年1月14日号に掲載された「満足」がフィニンのショートショート第1作。以来、同年2月に7編、3月8編、4月10編……と書き続け、この年63編。翌54年には38編、55年と56年にはそれぞれ20編、57年25編、58年10編。「英文毎日新聞」に寄稿しただけでも計176編。(フィニンは1958年没ですから、この世に別れを告げる直前までショートショートを書いていたことになります)
 今から56年前――星新一がデビューする前に、外国人が日本の英字新聞にショートショートを200編近くも書いていた!
 驚くべき事実ではないですか。
フィニンのショートショート.JPG 私がフィニンのショートショートを読むのは、この『絹のように美しく』が初めてではありません。数年前、田村さんから『W.A.フィニンの「ショート・ショート」(1)』なる冊子(田村さん訳の20編掲載)を送っていただきました。拙著『ショートショートの世界』を読まれた田村さんが、集英社新書・編集部宛に冊子を送ってくれたのです。
 冊子を手にし、私は初めてフィニンの存在を知りました。いやあ、驚きましたねえ。嬉しかったですねえ。『ショートショートの世界』を書き、本当によかったと思ったものです。
 さて。
『絹のように美しく』には50編のショートショートが収録されています。
 50年以上前に書かれたものだけに、古さを感じることは否めません。しかし、それは決して心地悪いものではありません。O・ヘンリーやモーパッサン、チェーホフあたりとも通じる古さ、と言えば、おわかりいただけるでしょうか。
 若い人には理解できないであろう事柄に関しては、田村さんが巻末に「注釈 W・A・フィニンのショートショートが書かれた時代背景」として、懇切丁寧な解説を書いています(なんと50ページ!)。この注釈もまた、ひとつの作品と言えると思います。
 ショートショートの主流である(と私が考える)SFやミステリ・タッチの作品は少なく、ほとんどは平凡な日常を舞台にしています。オチは、天地が引っくり返るような大仰なものではなく、くすっと笑みを浮かべてしまうような、ほほえましいと表現しては語弊がありますけれど、軽いものが多いです。すれっからしの読者にはオチが読めてしまうかもしれませんが、それもまたショートショートを読む楽しみのひとつだと考えます。もちろん、そういうオチばかりではなくて、アンブローズ・ビアスを想起させる皮肉っぽいオチもあったりして、こういうのも好きですね。
 正直なところ、現在の目で見ればショートショートとして高く評価することはできませんが、時代背景を考えれば充分に合格点であり、その驚くべき作品数も含めて、評価すべき作家と思います。58歳という若さで亡くなられたのは、実に残念です。フィニンがもう少し長生きしていたら……と妄想が膨らむのは私だけではないでしょう。
 また、亡くなられる前年には星新一がデビューしています。フィニンは星新一の存在を知っていたのか、あるいは、その逆は……? 気になりますが、調査するのは至難の業でしょうね。
 ともあれ――
 素晴らしい仕事をされた田村さんに拍手、そして感謝です。
 余談ですが、フィニンは徳島県下で英語講師をしていて、田村さんはその教え子だったそうです。没後50年あまり経って、こういう本が出版され、フィニンも天国で喜んでいることでしょう。

 竹内紘子編著『オーストラリアから来た男 ―W・A・フィニン 人と作品―』原田印刷(00)という本があり、ショートショートも2編訳載されているそうです。ぜひ読んでみたいとネット検索してみましたが、残念ながらネット書店(唯一取り扱いのあるビーケーワン)では品切れでした。ネット古書店にも見当たらず……。どうやら私家版のようで、入手は難しそうです。探求書がまた1冊増えてしまいました。

【追記】12月24日
 田村泰さんから冊子を送っていただきました(下の写真)。ありがとうございます。
『絹のように美しく』の地元紙での紹介、読者の声のほか、発刊にまつわるあれこれを田村さんが綴っています。表紙画にも秘めたストーリーがあったのですね。
 読んでいると、人と人のつながりを感じ、ほんわかした気持ちになります。
その反響.JPG
コメント(2) 

コメント 2

雫石鉄也

星さん以前に、こういう人がいたことは、うれしい限りですね。こういう仕事をされた田村さんに、私も拍手を贈りたいです。
また、それをこのように、ブログで取り上げられた高井さんにも敬服いたします。

by 雫石鉄也 (2009-08-21 09:41) 

高井 信

 私も全く同感です。
 田村さんのような方の存在は、本当に嬉しいです。フィニンには、まだまだ未訳のショートショートがあり、続刊を期待しています。洗練されたショートショートと比べれば物足りない点もありますけれど、読んでいて楽しいショートショートなのですよ。
by 高井 信 (2009-08-21 11:44) 

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