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脱力オチ

 数時間前にアップした記事『夜にはずっと深い夜を』で、「脱力オチ」という言葉を使いました。当該記事にも書きましたように、読み終わって脱力を感じてしまうオチのことです。「おいおいっ。こんなオチ、ありかよ」と思わず突っ込みたくなるオチ、と言ってもいいかもしれません。
 ただ単にムチャなオチでも脱力してしまいますが、もちろん、そんなものは脱力オチではありません。ちゃんと計算した上で、読者を脱力させるオチです。
 脱力オチのサンプルとして、拙作「透視」をアップしておきます。作者の意図が伝わっていればいいんですが……。
 こういうのを書くのって、けっこう難しいんですよ。いや、ほんと。

          *               *               *

    透 視

 私の名は太田光彦。超常現象否定論者である。
 超常現象などというものは存在しない――という信念のもと、これまで多くの超常現象を科学的に解き明かしてきたし、超能力者と自称するイカサマ師のトリックも見破ってきた。
 私は今日、ミスター由利と名乗る自称超能力者と対談することになっていた。透視能力があるとかで、最近マスコミで引っ張りだこになっている男である。
 透視能力なんてものが実在するわけがない。どうせ何かのトリックを用いているのだろう。対談でもって、そのトリックを見破るのが、私の目的だった。

 対談を収録するテレビ局に到着。
 アシスタントディレクターに案内されて控え室に足を踏み入れると、
「おお、太田さん。ぜひ会いたいと思っていました」
 ひとりの男が立ち上がり、握手を求めてきた。テレビなどで何度も見ている顔――ミスター由利だ。何が嬉しいのか、満面に笑みを浮かべている。
 イカサマ師と握手なんて願い下げだったが、無下に拒否するのもおとなげない。しぶしぶ握手に応じると、いきなり、
「ねえ、太田さん。やはりあなたもぼくがイカサマ師だと思っているんですか」
 とミスター由利が切り出してきた。
「そりゃまあね。この世に超能力なんてものは存在しない。きみも、何かトリックを使っているんだろう」
「トリックねえ。まあ別に、ぼくとしてはどう思われようと構わないんですが……。あ、そうだ。ご挨拶代わりに、何か透視してみせましょうか」
 挨拶もそこそこに挑戦してくるなんて、正直なところ、私は虚をつかれた。だが、こうなった場合を想定して、準備はしてある。
「そうだなあ」
 と考える振りをし、
「私のパンツの柄がわかるかな?」
 と自分の下半身に目をやる。
 実は、テレビ局に向かう際、私は十枚のパンツをバッグに忍ばせてきた。家を出るときは純白のパンツだったが、わざわざ電車で途中下車し、その駅のトイレで別のパンツに穿き替えてきたのである。
 こういう場合、自分の妻すら信用してはいけない。テレビ局からの要請で、私のあれやこれやを教えていないとも限らないのだ。途中下車した駅はそのときの気分で決めたし、穿き替えるパンツもその駅のトイレで決めた。駅のトイレに隠しカメラでも仕掛けられていたとしたら話は別だが、そうでもない限り、いま、私が穿いているパンツの柄を知っているのは、私ひとりだけなのである。本当に透視ができなければ、パンツの柄などわかるわけがない。
 ところが、
「黄色と黒の縞模様ですね。太田さん、タイガース・ファンだったんですか」
 ミスター由利はこともなく答えた。
「うっ……」 
 思わず小さく声を発する。いったいどのようなトリックを使えば、私のパンツの柄を知ることができるのか。
 必死に冷静を装い、続けて問う。
「じゃ、じゃあ、私の背広の右ポケットには何がはいってる?」
「白いハンカチですね」
 これまた正解だ。
「では、左は?」
「タバコです。へえ、ピンクのタバコ・ケースですか。意外に可愛い趣味なんですね」
「ほっとけ」
 私はキッとミスター由利を睨みつけた。これまでのところ完敗だが、これですごすごと引き下がるわけにはいかない。次は何を質問してやろうかと考えていると、
「太田さん、もっと遠くのもの――たとえば、ご自宅にあるものでも構いませんよ」
 ミスター由利が挑発的に言う。
「じ、自宅にあるものまで透視できるだと?」
 私は驚きを隠せなかった。
「ええ、その通りです」
「よーし、言ったな。それでは、私の書斎の扉の横には何がある?」
「書棚です。立派なガラス戸付きのやつですね」
「んぐっ。……じゃあ、机の引き出しには?」
「ワープロで打ち出した原稿がはいっていますね。えーと、タイトルは『エセ超能力者のトリックを暴く』……って、これ、私のことですかね」
 ミスター由利が苦笑する。
 すべて、ミスター由利の言う通りだった。
 なぜ? なぜ? いったいどのようなトリックを使っているのか? 少なくとも、私が今までに会った自称超能力者とは違っている。
 と同時に、このあとの対談が無性に不安になってきた。脳裡に“敗北”という二文字が浮かぶ。しかし……。
 とんだところで、ミスター由利は馬脚を現わした。
(次は、私の財布の中身を答えさせてやろう)
 と思った瞬間、
「一万円札がいっぱい。十万円くらいですね。それに、クレジット・カードもたくさん。免許証もありますね」
 とミスター由利は口にしたのだ。
(え? まだ何も言っていないのに?)
 一瞬、心のなかがパニックに陥ったが、必死に心を落ち着かせる。
 心で思っただけの問いかけに、ミスター由利は答えたのである。冷静に考えれば、答えはひとつしかない。
(そうか。わかったぞ。やつは私の心を読んでいるんだ)
 私は狂喜乱舞した。――ミスター由利は透視能力の持ち主ではない。ただ、読心能力を持っているだけ。
 そうとわかれば、彼の正体を暴くのは簡単である。
「ふっふっふ。私のポケットに小銭がいくらはいっているか、透視できるかね?」
 私は言い、ポケットの小銭をジャラジャラと鳴らしてみせた。
 財布に入れてある紙幣くらいはだいたい把握しているが、ポケットの小銭なんて、自分自身も知らない。私の仮説が正しいとすれば、ミスター由利には答えられないはずである。案の定、
「わかりません」
 ミスター由利は首を小さく横に振り、
「バレてしまったようですね。その通り、私は透視能力など持っていません。ただ、人の心が読めるだけです」
 と潔く敗北を認めたのであった。

 私の名は太田光彦。超常現象否定論者である。いかなる超常現象も科学的に証明してみせる!


 初出:「赤き酒場」343号(2006年7月号)
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コメント 4

鈴木秀

脱力オチですね。勉強になりました。似たアイデアでこんなのを読んだ気がします。誰の作品か忘れたので、ストーリーはいい加減です。

「君が未来を予知できるということは、インチキだ。本物だというなら、明日の競馬の予想をしてみたまえ」
「明日の第一レースは1-6、第二レースは3-4、第三レースは2-5…」
翌日、予想は無残に外れた。一つも当たらなかったのである。
「ほら、見ろ。でたらめにもほどがある」
「いや、昨日は調子が悪かったのだ。今度は当てる」
次のレースも、その次のレースも彼の予想は外れ続けた。私は、試しに言ってみた。
「次のレース、どれが外れるのか予想してくれ」
by 鈴木秀 (2009-10-12 17:26) 

高井 信

 確かに、拙作と通じる脱力感がありますね(笑)。
 誰の作品なのか、気になります。競馬ショートショートと言えば石川喬司さんですけれど、こういう話はなかったような気がします。
 ほとんど根拠のない予想をすれば、『ショートショートの広場』に収録されているアマチュア作品……?
by 高井 信 (2009-10-12 21:02) 

鈴木秀

歳のせいか作者も作品名も思い出せません。具体的な作品ではなく、アイデアだけかもしれません。どのようなアイデアかといいますと、二分の一の確率で当たるものが、全て外れ続けるというのは、裏を返せば、全て当たっているのではないかというものです。
by 鈴木秀 (2009-10-18 17:10) 

高井 信

 同年代ですから、よくわかります。
 いやほんと、出てきませんよね。忘れているわけではなく、脳内のどこかに格納されていると思うんですが……。その証拠に、必要がなくなったとき、ひょいと出てきたりします。
 どうぞ、お気になさらないよう。
by 高井 信 (2009-10-18 18:56) 

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