SSブログ

深田亨「ワクチン完成」

 先週末、「近江クローン牛」というネタが浮かび、「こんなの思いついた」と口走ったところ、それを聞いていた深田亨さんが「書いちゃいました」とショートショートを送ってきました。いやもう、油断も隙もありませんな(笑)。
 さっそく読んでみたところ――あはは。面白い。
 とにかくタイムリーなネタですから、いま読んでもらいたい。
 ということで、著者の許可を得て、本ブログに掲載することにしました。
 深田さんとの共作は「期待」(「SFハガジン」112号に掲載。のちに深田亨『海の中の赤い傘』ネオ・ベム(20)に収録)に続き、2作目ということになりますね。
 どうぞお楽しみください。

   ワクチン完成
                        作:深田 亨/原案:高井 信

「総理、総理、総理!」
「どうした。そんなに連呼していると、次の選挙で落選するぞ。まあ落ち着きたまえ」
「これは失礼しました。総理、吉報です。コロナウイルスの変異種、オミクロン株のワクチンが発見されました」
「なに、それはでかした。しかし農水大臣のキミがどうして。管轄は厚労省だろう」
「まあ聞いてください。実はオミクロン株が最初に広がった南アフリカで、秘密裏にある調査をしていたのです。その結果、われわれの調査対象とオミクロン株の初期の感染者に、深いつながりがあったことがわかったのです」
「それは、どういうことだね?」
「農水省では、かねてからわが国の誇る高級国産牛肉を増産して、海外に輸出しようという計画を進めてきました。ところが、その中心となっていたある研究員が、研究成果とともに失踪してしまったのです。彼はどうやら南アフリカの某国に潜んでいるらしいことがわかり、追跡調査をしたところ、研究成果を利用したと思われる製品がその国の闇市場に出回っていて、そこでオミクロン株が発生したようなのです」
「言っていることがよくわからんが、その製品とはなんなのだ」
「近江牛のクローンです。このクローンが完成すると、高級肉を低コストで製造することができるのです。だから海外で安く売っても、十分な利益を確保できます」
「それを持って逃げたわけだな」
「そうです。ところが逃亡先の国の技術力が低いため、粗悪な製品しかできず、それを食べた現地人でコロナウイルスに感染していた者がいて、オミクロン株に変異したようなのです」
「眉唾な話だなあ、証拠はあるのか」
「オミクロンというネーミングがそれを示しています。『オミクロン株』と『近江クローン牛』を比べるとですね、オーミクローン、オーミクロン、オミクロン……」
「しかしね、オミクロンというのはギリシャ文字で、アルファから順番に変異株を名付けたのではないかね」
「ではなぜ十二番目のミュー株から、ニューとクサイの二つを飛ばしてオミクロンにしたのでしょう。もっともらしい理由をつけていますが、おそらくWHOは粗悪な近江クローン牛が変異の原因であることをつかんでいて、それを示唆するネーミングにしたに違いありません」
「だけどねえ、それだけじゃあ説得性がないように思うんだが」
「もっと確かなことがあります。行方不明になった研究員は八木という男なのです。総理、近江クローン牛の『牛』という字に八木の『八』を加えると、『牛+八=朱』となり、『朱』に八木の『木』を加えると『朱+木=株』となるのです。したがって、研究員の八木は、すでにもうWHOの手に落ちていると考えられるのです」
「そうだとすれば大変なことだ。すぐに水面下でWHOと協議せねばなるまい。それと国内対策だ。農水大臣、キミはさっきオミクロン株のワクチンが発見されたと言ったね。どうして発明ではなく発見なんだ」
「もうすでにワクチンとなる物質は存在していたからです。わが国のオミクロン株の感染者が、いまのところ他国に比べて少ないのも、それが原因と考えられます。いいですか総理、流出した製品はいくら高級品であってもしょせんクローン、しかも粗悪品です。本物の純正近江牛にはかないません。厚労省には内緒で、ひそかに治験を進めたところ、純正近江牛を百グラム食べただけで、オミクロン株の抗体ができることがわかったのです」
「それならすぐに国民に給付せねば。しかしこれから経費をかけて様々な手続きを実施するとなると、また叩かれてしまうがなあ」
「ご心配なく、総理。もうお忘れかもしれませんが、こういうこともあろうかとわが省では、かつて否定された『お肉券』を準備万端、整えておったのですよ」
コメント(0) 

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。