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「ダルマさんがコロナ」

 日本SF作家クラブ編『ポストコロナのSF』なるアンソロジーがハヤカワ文庫JAにて刊行されるとのこと。明日発売予定。これは面白そうですね。買うつもりですが、それはさておき――
 ポストコロナのSFといえば、1年くらい前、私も書いたな。
 ということで、ご覧に入れます。「SFハガジン」139号(2020年6月6日発行)に掲載。のちに『神々のビリヤード』ネオ・ベム(2020年8月8日発行)に収録しました。
            ※           ※

   ダルマさんがコロナ

 日曜日の昼下がり。
 公園で子どもたちが遊ぶ声が聞こえてくる。
「ダ~ルマさんがコ~ロ~ナ♪」
 独特の節回し。
 それを聞いて、私は懐かしさを覚えた。私も子どものころ、よく〈ダルマさんがコロナ〉遊びをした。
〈ダルマさんがコロナ〉は鬼ごっこの一種である。鬼はダルマさんと呼ばれる。
 公園に、参加人数に合わせた大きさのサークルを描く。ダルマさんになった子ども以外が、そのなかに散らばる。隣の子との間隔は最低でも二メートル。それ以上近づいてはいけない。
「ダ~ルマさんがコ~ロ~ナ♪」の声とともにダルマさんがサークル内にはいるとゲームスタート。ダルマさんは触れた人すべてをコロナにするという力を持っている。ダルマさんにタッチされると、その子はコロナになり、ほかの子を追いかけるようになる。コロナにタッチされた子もコロナになる。ただし、タッチする際には「カンセン!」と叫ぶことが必要。それを忘れるとタッチは無効だ。
 コロナになるのは、タッチされたときだけではない。ほかの子と二メートル以内に接近し、それをダルマさんに「ミツ!」と指摘されてもコロナになってしまう。
 そのときどきの状態によってアウトブレイクやパンデミック、あるいはオーバーシュートとか表現されるらしいが、その境界は曖昧である。また、一度に三人以上がタッチあるいは「ミツ」指摘をされると「クラスター」となり、その最も近くにいた子どももコロナになる。
 徐々にコロナが増え、非コロナが減っていく。非コロナがひとりもいなくなったところでゲーム終了。最後まで残った子が次のダルマさんになる。――この繰り返しだ。
 ふと、私は思った。子どものころ、何も考えずに遊んでいたけど、そもそもコロナっていったいなんなのだろう。それに、カンセン? ミツ? クラスター?
 なんとなく気になって、コンピュータに尋ねてみた。
「〈ダルマさんがコロナ〉について、詳しく」
 すると、すぐに回答があった。
 ――鬼ごっこの変種。鬼が壁や木のほうを向いて目をつぶり、「ダルマさんが転んだ」というフレーズを何度か唱える。その間、ほかの子どもたちは自由に動けるが、唱え終わった鬼が目を開けて振り向いたときにはぴたりと静止しなければならない。少しでも動くと鬼に捕まり、捕虜となる。
「え? なんだ、その遊びは……?」
 見たことも聞いたこともない遊びだ。
 いやしかし、コンピュータの回答は「ダルマさんがコロナ」ではなく、「ダルマさんが転んだ」と聞こえた。確かに、そう聞こえた。ダルマさんが転ぶ? どういうことだ?
 ダルマさんって、もともとは起き上がり小法師(こぼし)であって、転ばないものではないのか。それが転んだ?
 首を傾げている間もコンピュータの回答は続いている。
 ――二〇二〇年、新型コロナウイルスの感染拡大・変異により、世界はほぼ壊滅状態に陥った。それから幾世代も費やし、ようやく人類が復興を成し遂げたころ、子どもたちの間で〈ダルマさんがコロナ〉なる遊びが流行り始めた。発祥起源は不詳だが、誰かが「転んだ」と「コロナ」を聞き違えたか、あるいはそのパロディとしてか、独自のルールで遊び始めたのが発端であろうと考えられる。
「なるほど」
 私は大きく頷いた。コロナというのはウイルスの名前だったのか。しかしウイルスなんて言葉は私たち世代ですら、かろうじて聞いたことがある程度。いまの子どもたちは全く知らないだろうな。
 コンピュータの回答はさらに続く。
 ――なお、東京都東村山市では「ダルマさんがコロナ」ではなく、「志村けんがアイーン」というフレーズで遊ばれている。
 志村けん? アイーン?
 さっぱりわけがわからないが、まあ、重要なことではあるまい。
 コンピュータとの会話を打ち切った私の耳に、
「コ~ビッドがサンタクロース♪」
 女性の歌声が聞こえてきた。大昔の大ヒット曲らしいが、こうして連綿と歌い続けられているのは珍しい。私も若いころ、歌ったことがある。
(そういえば、コビッドって、なんなんだろうな)
 ふと、私は思った。よく考えてみると、コビッドの意味も知らずに歌っていたのだ。
(コビッドか。そういえば……)
 と、さらに思う。『コビッドの冒険』というロングセラーがある。いつ書かれたのかわからないほど昔の小説だが、これまた連綿と読み継がれていると聞く。
(サンタクロースが主人公の冒険小説なのかな。一度、読んでみようか)
 と思ったのも束の間、すぐにそんなことはどうでもよくなって、子どもたちが遊ぶ「ダ~ルマさんがコ~ロ~ナ♪」の声に心を和ませた。心地よい子守唄を聴くように、まどろんでいく。
 平和な、日曜日の昼下がりである。
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