ショートショートの迷宮(第2回)
◆世界ユーモア文学全集
昨今、異色作家短編がブームになっていて、早川書房の〈異色作家短篇集(全18巻)〉の再編集新装版(全20巻)が刊行されたりしている。〈異色作家短篇集〉は以前にも再編集新装版(全12巻)が出ており、2度目の新装版ということになる。〈異色作家短篇集〉はショートショートの歴史から見ても重要な叢書であり、『ショートショートの世界』のなかでも紹介した。
最初の〈異色作家短篇集(全18巻)〉が発行されていた1960年代前半に、やはりショートショートの歴史を振り返る際に重要と思われる叢書が出ていたことは、あまり知られていない。筑摩書房の〈世界ユーモア文学全集(全18巻)〉である。
この叢書は1960年から63年にかけて刊行された。短編のみの叢書ではなく、長編も収録されているが、長編を除いて再編集したら、ショートショートの叢書になると言ってもいい。
まずは、各巻の収録作品と作者名を。
第1巻『山賊株式会社社長(エドモン・アブー)/ジョージア・ボーイ(アースキン・コールドウェル)』
第2巻『おやじ天下(クラレンス・デイ)/二ペンスの切手(トリスタン・ベルナール)/がめつい野郎(G・A・ウィサン)/条件つき貸間(ベルナール・ジェルヴェーズ)』
第3巻『雪の中の三人男(エーリッヒ・ケストナー)/陽気な騎兵隊(ジョルジュ・クールトリーヌ)』
第4巻『マリナー氏ご紹介(P・G・ウッドハウス)/マルタン君物語(マルセル・エイメ)』
第5巻『当世人気男(アーノルド・ベネット)/わが夢の女(マッシモ・ボンテムペッリ)』
第6巻『十二の椅子(イリヤ・イリフ&エウゲニー・ペトロフ)』
第7巻『わたしの妹アイリーン(ルース・マッキニー)/ドン・カミロの小さな世界(ジョヴァンニ・グァレスキ)』
第8巻『おれは駆けだし投手(リング・ラードナー)/泣き笑い人生(ショーロム・アレイヒェム)』
第9巻『西部旅行綺談(マーク・トウェーン)/ガス屋クニッテル(ハインリヒ・シュペール)』
第10巻『エッフェル塔の潜水夫(カミ)』
第11巻『ボートの三人男(ジェローム・K・ジェローム)/盗まれた機密文書(カレル・チャペック)/うわさ(モルナール・フェレンツ)/運命(ヘルタイ・イェネー)』
第12巻『パパにはかなわない(ハンス・ニクリッシュ)/現代ロシア短編集(アントン・チェホフほか)』
第13巻『トッパー氏の冒険(ソーン・スミス)/ムルケ博士の沈黙集(ハインリヒ・ベル)』
第14巻『兵士シュベイクの冒険(上)(ヤロスラフ・ハシェク)』
第15巻『兵士シュベイクの冒険(下)(ヤロスラフ・ハシェク)』
別巻『ふらんす小咄大全(河盛好蔵訳編)』
別巻『アメリカほら話(井上一夫訳編)』
別巻『にっぽん小咄大全(浜田義一郎訳編)』
ご覧になってわかる通り、『ショートショートの世界』で紹介した作家の名前が目白押しである。特にお勧めしたいのはトリスタン・ベルナールとマッシモ・ボンテンペルリだ。参考までに、日本で刊行された作品集は以下の通り(他作家との合集は割愛)。
◎トリスタン・ベルナール
『恋人たちと泥棒たち トリスタン・ベルナール短篇集』出帆社(76)
『ふらんす笑談 恋人たちと泥棒たち』青銅社(83)
◎マッシモ・ボンテンペルリ
『我が夢の女』河出書房(41)
『二人の母の子』日本出版社・イタリア文化選書(42)*長編+3短編
『わが夢の女』ちくま文庫(88)
『二人の母の子』本の友社(01)*日本出版社(42)の復刻版
『ショートショートの世界』で紹介しなかった作家でも、モルナール・フェレンツやリング・ラードナーなど、注目すべき作家の作品も収録されている。
モルナール(1878~1952)はハンガリーの劇作家で、おもに昭和の初期に盛んに戯曲や小説が出版された。その短編小説にはフランス・コントに似た味わいがある。第一書房から発行された『お互に愛したら』『町のをんな』『奥さんは嘘つき』など、何しろ古い本(それぞれ昭和4年、5年、6年に刊行)で入手は困難だが、機会があれば、一読を勧める。
リング・ラードナー(1885~1933)はアメリカのユーモア作家である。ショートショートというには長い作品が多いが、この独特のユーモア感覚は捨てがたい。日本で刊行された短編集を挙げておこう。
『チャンピオン』荒地出版社(64)
『微笑がいっぱい』新潮社(70)
『息がつまりそう』新潮社(71)
『ここではお静かに』新潮社(72)
『大都会』新書館・海外のロマン(74)
『アリバイ・アイク』新潮文庫(78)
『ラードナー傑作短篇集』福武文庫(89)
* *
〈世界ユーモア文学全集〉は1969年には〈世界ユーモア文学選〉として、さらに1977年から78年にかけては〈世界ユーモア文庫〉として、全10巻の再編集新装版が刊行された(両者は同一ラインナップ。いずれもソフトカバー)。
1『エッフェル塔の潜水夫(カミ)』
2『十二の椅子(イリヤ・イリフ、エウゲニー・ペトロフ)』
3『山賊株式会社社長(エドモン・アブー)/二ペンスの切手(ベルナール)』
4『ボートの三人男(ジェローム・K・ジェローム)』
5『西部旅行綺談(マーク・トウェーン)/ジョージア・ボーイ(E・コールドウェル)』
6『雪の中の三人男(エーリヒ・ケストナー)/ガス屋クニッテル(ハインリヒ・シュペール)』
7『おれは駆けだし投手(リング・ラードナー)/おやじ天下(クラレンス・デイ)』
8『当世人気男(アーノルド・ベネット)』
9『マリナー氏ご紹介(P・G・ウッドハウス)/トッパー氏の冒険(ソーン・スミス)』
10『マルタン君物語(マルセル・エイメ)/泣き笑い人生(ショーロム・アレイヒェム)』
新装版では、別巻の3冊、さらにはモルナールやボンテンペルリなどの作品もカットされ、少なくとも私にとっては、大きく魅力が失われた叢書になってしまった。先ほど「長編を除いて再編集したら、ショートショートの叢書になる」と書いたが、その逆に近い方針で再編集が行なわれてしまったわけで、残念な限りである。
なお、別巻の3冊は、別の形で新装版(ソフトカバー)が発行され、さらにはちくま文庫にも収録されている。
河盛好蔵訳編『ふらんす小咄大全』筑摩書房(68)/ちくま文庫(91)
井上一夫訳編『アメリカほら話』筑摩書房(68)/ちくま文庫(86)*ちくま文庫版は再編集
浜田義一郎訳編『にっぽん小咄大全』筑摩書房(68)/ちくま文庫(92)
〈世界ユーモア文学全集〉の新装版ではないが、アファナーシエフ編『ロシア滑稽譚』筑摩書房(77)も姉妹編として書名を挙げておきたい。
これらのうち、ショートショートの歴史から見て重要なのは『アメリカほら話』である。『アメリカほら話』には続編『アメリカほら話 PartⅡ』筑摩書房(85)もあり、併せて勧めておく。
初出:「赤き酒場」2007年2月号(350号)
【追記】8月10日
記事「世界ユーモア文学選」をアップしました。新たに得た情報を書いています。
昨今、異色作家短編がブームになっていて、早川書房の〈異色作家短篇集(全18巻)〉の再編集新装版(全20巻)が刊行されたりしている。〈異色作家短篇集〉は以前にも再編集新装版(全12巻)が出ており、2度目の新装版ということになる。〈異色作家短篇集〉はショートショートの歴史から見ても重要な叢書であり、『ショートショートの世界』のなかでも紹介した。
最初の〈異色作家短篇集(全18巻)〉が発行されていた1960年代前半に、やはりショートショートの歴史を振り返る際に重要と思われる叢書が出ていたことは、あまり知られていない。筑摩書房の〈世界ユーモア文学全集(全18巻)〉である。
この叢書は1960年から63年にかけて刊行された。短編のみの叢書ではなく、長編も収録されているが、長編を除いて再編集したら、ショートショートの叢書になると言ってもいい。
まずは、各巻の収録作品と作者名を。
第1巻『山賊株式会社社長(エドモン・アブー)/ジョージア・ボーイ(アースキン・コールドウェル)』
第2巻『おやじ天下(クラレンス・デイ)/二ペンスの切手(トリスタン・ベルナール)/がめつい野郎(G・A・ウィサン)/条件つき貸間(ベルナール・ジェルヴェーズ)』
第3巻『雪の中の三人男(エーリッヒ・ケストナー)/陽気な騎兵隊(ジョルジュ・クールトリーヌ)』
第4巻『マリナー氏ご紹介(P・G・ウッドハウス)/マルタン君物語(マルセル・エイメ)』
第5巻『当世人気男(アーノルド・ベネット)/わが夢の女(マッシモ・ボンテムペッリ)』
第6巻『十二の椅子(イリヤ・イリフ&エウゲニー・ペトロフ)』
第7巻『わたしの妹アイリーン(ルース・マッキニー)/ドン・カミロの小さな世界(ジョヴァンニ・グァレスキ)』
第8巻『おれは駆けだし投手(リング・ラードナー)/泣き笑い人生(ショーロム・アレイヒェム)』
第9巻『西部旅行綺談(マーク・トウェーン)/ガス屋クニッテル(ハインリヒ・シュペール)』
第10巻『エッフェル塔の潜水夫(カミ)』
第11巻『ボートの三人男(ジェローム・K・ジェローム)/盗まれた機密文書(カレル・チャペック)/うわさ(モルナール・フェレンツ)/運命(ヘルタイ・イェネー)』
第12巻『パパにはかなわない(ハンス・ニクリッシュ)/現代ロシア短編集(アントン・チェホフほか)』
第13巻『トッパー氏の冒険(ソーン・スミス)/ムルケ博士の沈黙集(ハインリヒ・ベル)』
第14巻『兵士シュベイクの冒険(上)(ヤロスラフ・ハシェク)』
第15巻『兵士シュベイクの冒険(下)(ヤロスラフ・ハシェク)』
別巻『ふらんす小咄大全(河盛好蔵訳編)』
別巻『アメリカほら話(井上一夫訳編)』
別巻『にっぽん小咄大全(浜田義一郎訳編)』
ご覧になってわかる通り、『ショートショートの世界』で紹介した作家の名前が目白押しである。特にお勧めしたいのはトリスタン・ベルナールとマッシモ・ボンテンペルリだ。参考までに、日本で刊行された作品集は以下の通り(他作家との合集は割愛)。
◎トリスタン・ベルナール
『恋人たちと泥棒たち トリスタン・ベルナール短篇集』出帆社(76)
『ふらんす笑談 恋人たちと泥棒たち』青銅社(83)
◎マッシモ・ボンテンペルリ
『我が夢の女』河出書房(41)
『二人の母の子』日本出版社・イタリア文化選書(42)*長編+3短編
『わが夢の女』ちくま文庫(88)
『二人の母の子』本の友社(01)*日本出版社(42)の復刻版
『ショートショートの世界』で紹介しなかった作家でも、モルナール・フェレンツやリング・ラードナーなど、注目すべき作家の作品も収録されている。
モルナール(1878~1952)はハンガリーの劇作家で、おもに昭和の初期に盛んに戯曲や小説が出版された。その短編小説にはフランス・コントに似た味わいがある。第一書房から発行された『お互に愛したら』『町のをんな』『奥さんは嘘つき』など、何しろ古い本(それぞれ昭和4年、5年、6年に刊行)で入手は困難だが、機会があれば、一読を勧める。
リング・ラードナー(1885~1933)はアメリカのユーモア作家である。ショートショートというには長い作品が多いが、この独特のユーモア感覚は捨てがたい。日本で刊行された短編集を挙げておこう。
『チャンピオン』荒地出版社(64)
『微笑がいっぱい』新潮社(70)
『息がつまりそう』新潮社(71)
『ここではお静かに』新潮社(72)
『大都会』新書館・海外のロマン(74)
『アリバイ・アイク』新潮文庫(78)
『ラードナー傑作短篇集』福武文庫(89)
* *
〈世界ユーモア文学全集〉は1969年には〈世界ユーモア文学選〉として、さらに1977年から78年にかけては〈世界ユーモア文庫〉として、全10巻の再編集新装版が刊行された(両者は同一ラインナップ。いずれもソフトカバー)。
1『エッフェル塔の潜水夫(カミ)』
2『十二の椅子(イリヤ・イリフ、エウゲニー・ペトロフ)』
3『山賊株式会社社長(エドモン・アブー)/二ペンスの切手(ベルナール)』
4『ボートの三人男(ジェローム・K・ジェローム)』
5『西部旅行綺談(マーク・トウェーン)/ジョージア・ボーイ(E・コールドウェル)』
6『雪の中の三人男(エーリヒ・ケストナー)/ガス屋クニッテル(ハインリヒ・シュペール)』
7『おれは駆けだし投手(リング・ラードナー)/おやじ天下(クラレンス・デイ)』
8『当世人気男(アーノルド・ベネット)』
9『マリナー氏ご紹介(P・G・ウッドハウス)/トッパー氏の冒険(ソーン・スミス)』
10『マルタン君物語(マルセル・エイメ)/泣き笑い人生(ショーロム・アレイヒェム)』
新装版では、別巻の3冊、さらにはモルナールやボンテンペルリなどの作品もカットされ、少なくとも私にとっては、大きく魅力が失われた叢書になってしまった。先ほど「長編を除いて再編集したら、ショートショートの叢書になる」と書いたが、その逆に近い方針で再編集が行なわれてしまったわけで、残念な限りである。
なお、別巻の3冊は、別の形で新装版(ソフトカバー)が発行され、さらにはちくま文庫にも収録されている。
河盛好蔵訳編『ふらんす小咄大全』筑摩書房(68)/ちくま文庫(91)
井上一夫訳編『アメリカほら話』筑摩書房(68)/ちくま文庫(86)*ちくま文庫版は再編集
浜田義一郎訳編『にっぽん小咄大全』筑摩書房(68)/ちくま文庫(92)
〈世界ユーモア文学全集〉の新装版ではないが、アファナーシエフ編『ロシア滑稽譚』筑摩書房(77)も姉妹編として書名を挙げておきたい。
これらのうち、ショートショートの歴史から見て重要なのは『アメリカほら話』である。『アメリカほら話』には続編『アメリカほら話 PartⅡ』筑摩書房(85)もあり、併せて勧めておく。
初出:「赤き酒場」2007年2月号(350号)
【追記】8月10日
記事「世界ユーモア文学選」をアップしました。新たに得た情報を書いています。
2009-03-06 16:02
コメント(3)
これまでにいただいたコメントやメールを読んでいると、「ショートショートの迷宮」云々ではなく、「内容は高井に任せる。何でもいいから読みたい」ということのようですから、しばらくは「ショートショートの迷宮」――要するに『ショートショートの世界』の補完ですが――を続けようと思いました。
そんなわけで、第2回をお届けします。
お楽しみいただければ幸いです。
by 高井 信 (2009-03-06 16:10)
高井先生、こんにちは。
ブログの開設おめでとうございます。
世の中にはたくさん本があるなぁと、本読みの方のブログなどを拝見するたびに溜め息をつきます。
これからショートショートを読まれる方の、とても良い指針になりそうですね。
by 福田和代 (2009-03-08 15:52)
ようこそ、福田さん。
こんなところで何ですが、長編第3作『黒と赤の潮流』の出版、おめでとうございます。
>これからショートショートを読まれる方の、とても良い指針になりそうですね。
そういう方には、まずは『ショートショートの世界』を(笑)。
趣味に淫したブログですけれども、楽しんでいただければ嬉しいです。
by 高井 信 (2009-03-08 17:10)